第93話 気候変動の食品安全への影響
2021.12.01
2021/12/1 update
英国グラスゴーで開催されていた第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)は11月13日、石炭の段階的な削減などを盛り込んだ文書を採択し、図1のように、閉幕しました。地球温暖化を防止する必要があることは、各国共通の合意事項です。その一方で、化石燃料の扱いなど具体策になると各国の事情が異なり、調整は難航しました。
COP26の最大の目的は、温暖化対策の国際枠組みであるパリ協定が掲げた「産業革命前よりも温度上昇を1.5度以内に抑える」努力目標の達成でした。今回の「グラスゴー気候合意」は温暖化のよる被害の深刻さが大きい2度以内の上昇よりも、1.5度以内の上昇を目指して温暖化ガス削減を進めることは確認されました。
気候変動は食品安全にも影響を及ぼします。すでにフードチェーンに変化が現れています。第77話のように、永久凍土が融けて炭疽菌が表面化して、集団感染事件も起こっています。第88話では、米国でも夏の気温上昇が著しく、電力供給が間に合わない怖れが警告されています。今回は、気候変動と食品安全の関係を考察しましょう。
1) 気候変動
国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、本年8月8日に気候変動報告書(https://www.ipcc.ch/srccl/)を発表しました。気候変動としての地球温暖化は、地球の大気中の温室効果ガスが、太陽の熱を閉じ込め、宇宙への放散を邪魔していることが原因です。図2は、世界全体の気温の上昇傾向と今後の予想を示しています。図2では、温室効果ガスの発生抑制などに失敗した時、つまり排出量が多いシナリオなどの予測も示されています。 「排出量が非常に少ないシナリオ」でも、1.5度以下の上昇に押さえ込むことは困難であることが、図2からも読み取れます。
森林破壊も深刻です。樹木などの植物は、大気中の二酸化炭素を吸収し、酸素を放出しています。牛や羊は餌を消化するときにメタンを生成するため、畜産も気候変動の一要因です。 メタンは二酸化炭素よりも強力な温室効果ガスです。コメの生産も、メタンを発生させます。さらに、農業では窒素を含む肥料などから、亜酸化窒素を発生させてしまいます。
人間の活動により、温室効果ガスが放出されています。IPPCの報告書では、我々は二酸化炭素やその他の温室効果ガスの排出を抑制できる可能性も指摘されています。
牛の飼育の場合を考えると、肉類や乳製品を得る一方で、糞尿やメタンガスの処理を考えなければなりません。考慮すべきことは、まだあります。牛を飼うために森林を伐採し、餌を育てるためにも森林を開墾しています。畜産関係者も、温室効果ガスを削減するために様々な努力を行っています。その一環として、廃棄物を利用してメタンガスを発生させ、発電に利用している例もあります。
牧場ではなく工場のタンク内で肉を培養する試みも行われています。この培養肉では、牛の生育に伴うメタンガス等の発生をなくすことが可能になります。培養肉の生産は、管理された密閉系の施設内で行われるため、食中毒菌対策も容易になります。
従来のような牛の飼育を行わずにチーズやその他の乳製品、あるいは代替品を製造する試みも行われています。微生物を利用した乳製品の代替品の試作も行われています。
米の栽培には、メタンの発生とヒ素の混入という2つの課題があります。コメの水田からは、土壌細菌が関与したメタンが放出されます。世界の農業からのメタン放出量の約10%を、湛水した水田が発生させています。有望な解決策の1つは、水田の湛水と乾燥の調整です。
コメにはヒ素が含まれています。 気候変動によって水源の様子が変化するなど、環境のヒ素の挙動の変化にも注意が必要です。農地を長期間乾燥させておくと、米粒へのヒ素の蓄積が減少する一方で、総収量と生産性が低下しカドミウムのレベルが上昇することが観察されています。
これらの例の他、フードチェーンは、温暖化によって様々な影響を受けると考えられます。地球の気温が上昇すればするほど、影響が大きくなります。 たとえば、激しい高温のくり返し、大雨、干ばつ、熱帯低気圧の襲来、さらには北極や南極などの雪氷、積雪、永久凍土の減少、海面上昇などが心配されます。
2) 気候変動に伴う食品安全上の課題
地球の気温の上昇に伴う気象の世界的な変化を特徴とする気候変動は、食料安全保障と食品安全にも影響を及ぼします。気候変動は気候の多様化を引き起こし、天気予報も難しくなります。気候変動が起こり、気候の多様化するなど、様々な影響を受けてフードチェーンの安全性も脅かされると考えられます。図3は気候変動により、引き起こされる現象を示しています。気候変動が、人類にとって望まない現象を雪崩のように引き起こすことがイメージされます。
気候変動は、食性病害の原因となる病原体の発生、持続性、病原性の変化、場合によっては毒性の発現に影響を与え、食中毒症状を悪化させる結果をもたらす可能性もあります。
表1は、気候変動により食品媒介病原体が影響を受け、食品安全上の懸念が増加する例を示しています。食品の安全性は、農薬、マイコトキシン、重金属などのさまざまな化学的ハザードによっても損なわれる可能性があります。 降雨量の増加や減少、気温の上昇、異常気象の頻度の増加など、気象パターンの変化に伴い、新たな食品安全上の懸念につながります。図4は、酪農における食品安全上の懸念の増加例です。
さらには、農産物の灌漑用の安全な水の不足、害虫抵抗性による農薬の使用の増加、温度管理のための制御されたコールドチェーンの達成の困難さの増大、または化学汚染物質の流出を引き起こす洪水の発生が懸念されます。
気候変動は、食品媒介病原体感染、食中毒、薬剤耐性菌の発生、および人体における化学物質と重金属の長期的な生体内蓄積をもたらす可能性も、あります。 さらに、深刻な気候変動は、異常気象や自然災害を引き起こす可能性があり、直接的または間接的に食品の安全性を損ないます。
変化する気候の下で食品の安全性を確保するには、全地球的な対応戦略が必要です。もちろん、各組織ならびに個々人による、異常気象への適切な対策の実行も必要です。他人事ではなく、自分事と考えなければならない時代になっています。
参考文献:
1) R.A. Duchenne-Moutien, et al., J.Food Protection, 84, 1884–1897(2021)
https://doi.org/10.4315/JFP-21-141
2) Yahoo: 私たちの暮らしや健康・生命を脅かす-「地球温暖化」の現在地-2021年10月29日https://graphic.yahoo.co.jp/sdgs/climate_change/global_warming/